「新潟の守護神」
2023年J1リーグ前半戦。
6年ぶりのJ1で”旋風”を起こしたアルビレックス新潟。
大きな注目を集めたのは、伊藤涼太郎選手を中心とする攻撃陣です。
しかし、試合を観ると、「普通は入るシュート」を幾度となく止めるGKが。
今回は、小島亨介のプレースタイルと経歴をご紹介します。
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小島亨介ってどんな選手?
- 名前:小島亨介(こじま りょうすけ)
- 生年月日:1997年1月30日
- 出身地:愛知県豊田市
- 所属チーム:アルビレックス新潟
- ポジション:GK
- 背番号:1番
- 身長:183cm
- 体重:82kg
- 利き足:左足
日本代表歴
Embed from Getty Images- A代表:0試合(招集は2回)
- 世代別:U-20W杯(2017年)
A代表初招集は2019年コパアメリカ。
2023年10月に、2度目の日本代表に選出されています。
世代別には、U-15から選出。
2017年には、大学生にしてU-20W杯出場を果たしています。
2017年U-20W杯メンバー
・板倉滉
・中山雄太
・冨安健洋
・杉岡大暉
・堂安律
・小川航基
・久保建英 など
2022年J2リーグベストイレブン
2022年J2リーグで優勝し、J1復帰を決めたアルビレックス新潟。
小島選手は全試合フル出場。
優勝に大きく貢献し、J2ベストイレブンに選ばれています。
小島亨介の着用スパイク
Embed from Getty Imagesメーカー:アディダス
小島選手は、アディダスのシューズを着用しています。
着用スパイクは、”プレデター”シリーズ。
足先にラバーがついており、高精度なキックや柔らかいトラップをより向上させます。
※子供向けや、フットサル用のシューズもあります。
小島亨介のプレースタイル
「点をとられなければ負けない」。
この言葉を体現するかのごとく、スーパーセーブを連発。
どれだけ崩されても、最後に”小島の手”が伸びてきます。
そして、”後ろからの繋ぎ”にも自信あり。
小学生まではFP(フィールドプレーヤー)で、足元でのプレーにも不安はありません。
小島亨介の経歴
- 下山FC
- 名古屋グランパス三好FC
- 名古屋グランパスU-15
- 名古屋グランパスU-18
- 早稲田大学サッカー部
- 大分トリニータ
- アルビレックス新潟
小学生時代
小学生時代は、下山FCでプレーしています。
日韓W杯の影響で、6歳の頃にサッカーをスタート。(参照:アルビレックス新潟HP)
当時のポジションはFWやDFで、少年団と並行して”名古屋グランパスのスクール”にも通っています。
中学・高校生時代
中学・高校生時代は、名古屋グランパスのアカデミーでプレーしています。
- 名古屋グランパスみよしFC(中1・中2)
- 名古屋グランパスU-15(中3)
- 名古屋グランパスU-18(高校生)
U-15からは、世代別日本代表でもプレー。
ユースでは1年生から試合に絡み始め、高校2年時には二種登録選手に。
しかし、トップ昇格は逃し、大学へと進学します。
大学生時代
大学生時代は、早稲田大学サッカー部でプレーしています。
- 大学1年:関東1部リーグ優勝
- 大学2年:関東2部リーグに降格
- 大学3年:関東2部リーグ優勝
- 大学4年:関東1部リーグ優勝
大学4年間では、”優勝と降格”を経験。
個人では、U-20W杯に出場するも、大学では第3GK。(参照:Number)
4年時にスタメンに定着し、関東大学リーグMVPに輝いています。
同期には、相馬勇紀選手も在籍していました。
大分トリニータ
2019年に大分トリニータに入団します。
大学No.1GKにとっても、J1の壁は高く。
出場できたのは、ルヴァン杯2試合のみ。
1年で新天地への移籍を決断します。
アルビレックス新潟
Embed from Getty Images2020年にアルビレックス新潟に移籍します。
カテゴリーを落とす移籍になるも、結果的には大成功。
2021年には疲労骨折の手術を経験するも、翌年はJ2ベストイレブンに。
”昇格組”として臨んだ2023年J1リーグでも、「守護神・小島」が立ちはだかっています。
まとめ
日本代表初招集は、2019年のコパアメリカ。
「東京五輪世代の強化」を目的としたチームでした。
2023年10月に、4年ぶりの日本代表。
追加招集とはいえ、”正真正銘のA代表”です。
15歳から”日の丸”を背負ったGKが、守護神争いをさらに激化させます。
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