「元バルセロナ」
スペインが誇る2大クラブといえば、”レアルとバルサ”。
2019年夏に、久保建英選手がレアル・マドリードに移籍し、後を追うように安部裕葵選手がバルセロナに移籍。
時を同じくして「スペインの2大クラブに所属する日本人」が誕生しました。
結果的に両名ともにトップチームでのプレーは叶わなかったものの、”明暗”はハッキリと分かれました。
- スペイン1部で躍動する久保建英
- スペイン3部で、怪我に苦しむ安部裕葵
スペイン挑戦は思うようにはいかなかったものの、”日本代表”でプレーしていてもおかしくない逸材。
3年ぶりのJリーグで、”往年の輝き”を取り戻すための戦いが始まります。
今回は、安部裕葵のプレースタイルと経歴をご紹介します。
安部裕葵について
- 名前:安部裕葵(あべ ひろき)
- 生年月日:1999年1月28日
- 出身地:東京都北区
- 所属クラブ:浦和レッズ
- ポジション:MF/FW
- 背番号:7番
- 身長:171cm
- 体重:65kg
- 利き足:右
19歳で鹿島の10番
Jリーグ発足から30年以上。
その間、常にJ1に所属し、毎シーズンのように”優勝争い”を演じる鹿島アントラーズ。
そんな常勝クラブの”No.10”を、19歳で託されたのが安部裕葵選手です。
10番を背負ったのは、わずか半年。
期間こそ短いものの、クラブから”大きな期待”を受けた選手です。
鹿島で10番をつけた選手
・ジーコ(元ブラジル代表)
・レオナルド(元ブラジル代表)
・ビスマルク(元ブラジル代表)
・本山雅志(元日本代表)
・柴崎岳(元日本代表)
・金崎夢生(元日本代表)
・安部裕葵(元日本代表)
・荒木遼太郎
本田圭佑が経営するチームの出身
Embed from Getty Images安部選手が中学時代にプレーしていたのは、SOLTILO.TOKYO.FC。
本田圭佑さんが経営する”ESTILOグループ”のチームです。
安部選手は、「ESTILOグループ初のプロサッカー選手」。(参照:サッカーキング)
本田さんのように、世界で戦えるプレーヤーを目指します。
本田圭佑さんの”現役時代”と”現在”についてまとめています。
・本田圭佑の現役時代について
・経営者としての本田圭佑
日本代表歴
Embed from Getty Images安部選手は、U-18から世代別日本代表としてプレー。
アマチュア時代には代表とは無縁でしたが、プロ入り後に代表の常連に。
怪我さえなければ、「2021年東京五輪」に出場していたであろう選手です。
A代表(日本代表)デビューは20歳の時。
「東京五輪世代の育成」を目的として参加した”2019年コパアメリカ”では、3試合に出場しています。
安部裕葵の着用スパイク
Embed from Getty Imagesメーカー:ナイキ
安部選手は、ナイキの”マーキュリアル”を着用しています。
マーキュリアルシリーズは、加速力に特化。
スピードスターに好まれる人工皮革のスパイクです。
※フットサル用や、お子様向けのシリーズもあります。
安部裕葵のプレースタイル
Embed from Getty Images「俊敏なドリブラー」
- 高い俊敏性
- 細かいボールタッチ
- 両足ともに正確
安部選手の武器は”ドリブル”。
俊敏性と細かいボールタッチを駆使し、「1vs1」ではほとんど負けません。
とりわけ、”左サイドからのカットインシュート”は得点の匂いを感じさせます。
また、両足遜色なく使える点も大きな武器。
左足でのプレーが精度が高く、”プレーの選択肢”が大きく広がります。
安部裕葵の経歴
- 城北アスカFC(北区立浮間小学校)
- SOLTILO.TOKYO.FC(北区立十条富士見中学校)
- 瀬戸内高校サッカー部(広島県)
- 鹿島アントラーズ
- バルセロナB(スペイン3部)
- 浦和レッズ
小学生時代
小学生時代は、城北アスカFCでプレーしています。
岡崎慎選手(現・ロアッソ熊本)とは、小学生時代のクラスメイト。
2人は違うチームでプレーしていましたが、岡崎選手は中学からFC東京U-15でプレー。
対する安部選手は、「受かる実力がない」判断し、セレクションを受けていません。(参照:文春オンライン)
この時点では”大きな差”がある2人が、揃って高卒でプロ入りを果たします。
中学生時代
中学生時代は、SOLTILO.TOKYO.FCでプレーしています。
両親の勧めで、清瀬市を本拠地とするチームのセレクションに参加し、見事突破。
元々は、帝京FC Jr.ユースというチーム名でしたが、”SOLTILOグループ”の傘下に入ったことでチーム名が変更。(参照:Yahoo!ニュース)
本田圭佑さんが自ら練習場に足を運ぶこともあったようです。
中学3年時には、安部選手に3校からオファーが。
「寮生活がしたい」という想いが強く、広島県の”瀬戸内高校”に進学します。(参照:sports navi)
高校生時代
高校生時代は、瀬戸内高校サッカー部でプレーしています。
高校3年生時のインターハイで全国大会デビュー。
ベスト8進出と、大会優秀選手に選ばれたこともキッカケとなり、”鹿島アントラーズ”から獲得オファー。
”プロ”を目標としながらも、”大学進学”も視野に入れていた安部選手。
進学時の目論見通り、”インターハイでのアピール”に大成功し、プロの道へと進みます。
鹿島アントラーズ
Embed from Getty Images2017年に鹿島アントラーズに入団します。
途中出場が多かったものの、1年目から13試合に出場。
プロ2年目にはブレイクし、JリーグでもACLでもキレキレのドリブルを披露。
アマチュア時代は代表とは無縁だった男が、10代にして”鹿島のNo.10”に上り詰めます。
・2017:13試合1ゴール
・2018:22試合2ゴール(Jリーグ新人王、ACL優勝)
・2019:14試合1ゴール(途中退団)
バルセロナB(スペイン3部)
Embed from Getty Images2019年7月にバルセロナBに移籍します。
セカンドチームとはいえ、スペイン2強のバルセロナ。
初年度こそ20試合に出場し、日本メディアでの報道も盛ん。
しかし、”怪我”がすべてを狂わせました。
2021-22シーズン以降は、まさかの”登録外”。
日本のサッカーファンからは、「日本に帰ってきてほしい」という声も多くあがっていました。
バルセロナBでの成績
・2019-20:20試合4ゴール
・2020-21:8試合0ゴール
・2021-22:登録外
・2022-23:登録外
浦和レッズ
2023年7月に浦和レッズに移籍します。
3年ぶりのJリーグでどんなプレーを見せるのか。
また、アジア王者として出場するクラブW杯でのプレーにも注目が集まります。
安部裕葵の試合を観る方法
安部選手がプレー”Jリーグ”には、3つの大きな大会(リーグ戦)があります。
- Jリーグ
- ルヴァンカップ
- 天皇杯
各大会の放送チャンネルは、以下の通りです。
※SPOOXでは、”30日間無料トライアル”を実施中。
まとめ
2019年に、”大きな野望”を抱いて向かったスペイン。
描いていた未来は、もっと違ったはず。
日本にも”良いニュース”を届けることができず、苦しい苦しい4年間だったことは想像に難くありません。
「もう一度Jリーグで」
この判断を”正しいもの”にするために、もう一度日本で輝くことを期待しています。
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